ビットコイン・ピザ事件──10,000BTCでピザを買った男たち

 

1. 世界初の「実用的なビットコイン取引」

2010年5月22日、フロリダのプログラマー ラズロ・ハニエツ(Laszlo Hanyecz) は、インターネット掲示板「Bitcointalk」にひとつの投稿を残した。

「ピザを2枚注文してくれる人を探しています。
代わりに10,000BTCを支払います。」

当時のビットコインは、価値の定まらない実験的なプログラムにすぎなかった。
「通貨」と呼ぶには取引実績も少なく、ほとんどの人が“デジタルな遊び”としか見ていなかった。
そんな中、ラズロ氏は「この通貨を実際に使ってみよう」と考えたのである。

その投稿に応じたのが、当時19歳の青年 ジェレミー・スターディヴァント(Jeremy Sturdivant)
掲示板上では 「jercos」 のハンドル名で知られていた。

彼は「それ、やってみたい」と返事をし、
ピザチェーン「Papa John’s」にオンラインで注文を入れた。
送り先は、フロリダにあるラズロ氏の自宅。

取引は成立し、ラズロ氏は 10,000BTC をジェレミーに送金した。
世界で初めて、ビットコインが「現実の商品と交換された瞬間」であった。

2. 登場人物のその後

ラズロ・ハニエツ(Laszlo Hanyecz)

アメリカ・フロリダ州在住のプログラマー。
ビットコイン初期の開発に関わり、GPUによるマイニング(採掘) を最初に実装した人物としても知られる。
つまり、彼は単なるユーザーではなく、技術的な貢献者でもあった。

事件後のインタビューで、彼はこう語っている。

「私は10,000BTCを失ったわけじゃない。
あの時、ビットコインが“使える通貨”だと証明できたことが重要だった。」

彼にとっては「ピザ2枚の価値」以上に、「ビットコインの社会的価値」を立証した意義の方が大きかった。

現在も開発者として活動を続けており、暗号資産業界では「ビットコインを現実にした男」として象徴的存在になっている。

ジェレミー・スターディヴァント(Jeremy Sturdivant)

当時19歳、カリフォルニア在住の大学生。
掲示板で偶然ラズロの投稿を見つけ、興味本位で取引に応じた。
10,000BTCを受け取ったものの、

「すぐに別の取引に使ってしまった」
と語っており、現在は保有していない。

もし彼がそれを保持していたならば、2025年の相場で約1,000億円以上に相当する。

しかし彼は、2013年のインタビューでこう述べている。

「自分は得を逃したとも思っていない。
あの頃のビットコインは、あくまでコミュニティの実験材料だった。
価値を持つかどうかなんて誰にも分からなかった。」

3. 当時のビットコインの価値

当時、1BTCはおよそ 0.003〜0.004ドル
10,000BTCは、約30〜40ドル(ピザ2枚分) に相当していた。

それが今では(2025年時点で)1BTC ≒ 約1,000万円
単純計算で、10,000BTCは 1000億円超
まさに「史上最も高価なピザ」と呼ばれる所以である。

4. この出来事の意義

① 通貨としての最初の「証明」

この出来事が評価されるのは、「初めて経済的な価値交換に使われた」という点にある。
それまではビットコインは「理論上は通貨」と説明されていたが、誰も実際に物を買っていなかった。
この事件がきっかけで、

「インターネット上のトークンが現実世界と結びつく」
という概念が初めて可視化された。

② 分散経済の文化的象徴

中央管理者を持たず、誰の承認も得ずに行われたピザ取引は、
後に形成される「Web3」「DeFi」文化の原型ともいえる。
つまりこの事件は、分散経済圏の原点だった。

③ “価格”と“価値”の哲学的議論

この10,000BTCのやり取りは、
「貨幣の価値とは何か」「人はなぜ通貨を信頼するのか」という経済哲学を呼び起こした。
ピザという日常的な食べ物が、やがて1000億円の象徴になる。
その極端な価値変動こそ、暗号資産が抱える本質を端的に示している。

5. Bitcoin Pizza Dayとしての現在

この取引が行われた 5月22日 は、
今では「Bitcoin Pizza Day」として世界中で祝われている。

暗号資産取引所やウォレット事業者はキャンペーンを実施し、
各地のコミュニティがピザを囲んで乾杯する。
SNSではハッシュタグ #BitcoinPizzaDay がトレンド入りし、
“あの日の実験”を現代の経済革命の象徴として振り返る。

6. 結末と余韻

ラズロ・ハニエツ氏は、その後の取引でもピザを数回ビットコインで購入している。
つまり彼にとっては「成功体験」であり、単なる一度きりのエピソードではなかった。
一方で、この事件はビットコインにとって“通貨としての第一歩”となり、
「投機」や「資産」の文脈を超えた人間的な物語として語り継がれている。

7. まとめ

項目内容
日付2010年5月22日
購入者ラズロ・ハニエツ(Laszlo Hanyecz)
販売側ジェレミー・スターディヴァント(Jeremy Sturdivant)
支払額10,000BTC(当時約40ドル)
購入品ピザ2枚(Papa John’s)
現在の価値約1000億円(2025年換算)
意義世界初のビットコイン実取引/価値の証明/文化的象徴

この事件は、経済史的には小さなできごとだが、
その後の金融テクノロジー、投資文化、デジタル通貨思想のすべてに影響を与えた。

一枚のピザが、世界の貨幣史を変えた。
それが「ビットコイン・ピザ事件」である。